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コサメガ 1st EP「想像の歩道橋から」

リリース日

2025-10-25

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あとがき

🎈

目の前のものを曲にするべきだと思っていた。 現実がどういうもので、その中でどうやって意味のある人生を生きていくかを考えるべきで、本当のことは現実にあって、それを曲にするべきだと思っていた。想像やフィクションも良いと思うけど、それは自分がやることではないと思っていた。通り過ぎた南風に夢が散るような、そんなシーンを集めるべきだと思っていた。実践できていたかは別として。

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単純な話、状況が変わった。 京都での、少し長めのモラトリアムが終わり、東京で労働をし始めたことで、日常的に目に映るものには魅力を感じられなくなった。最適化された、純粋な手段としての経路を抜け、集中管理された空調や照明のもと、売り物の価値を最大化する方法を考える時間が人生の大半を占めるようになった。理性的な存在としての人間の本性や、世界に意味があるための超越論的な条件、理想の音楽などについて考える時間はみるみる減っていった。何の変哲もない、非常にありふれた話だと思う。

一つにまとまっていく。 雇う側がいて、雇われる側がいて、雇う側の理想を実現することによって、雇われる側にお金が渡される。雇う側の理想は基本的には利益を最大化することで、本当に単純化すれば、誰かが求めているものを生み出し、届けること?利益を最大化することが一番大切で、それを実現する能力がある人間が一番偉い。大切なことや偉さの基準が与えられ、評価制度が整備されれば、ゲームになり、あとは勝手に一つにまとまっていく。

別にそれでいい。 環境に恵まれたこともあり、想像していたよりは今の状況に順応できている。これはこれでおもしろみがあるし、やりがいを感じることもできている(朝起きられないのと、定期的に機能停止してしまうことがあるのと、常に有休が尽きる不安があるくらい)。何より、このやり方が現状、長期的に見て安定してお金を得ることができる手段で、俺はできるだけ安定してお金を得たい(不安なので)。だから、資本主義が、雇う側が、顧客が、道具が、やるべきことを与えてくれる、別にそれでいい。このゲームから降りるのがかなり大変で、それで苦しい思いをしている人が大勢いるということは頭では理解しているつもりで、でも自分個人としてはいったんこれでいい。

生活は、別にいい。ただ、曲にすることがなくなってしまった。 1st アルバムを作っていたころは、生活や目の前の風景と音楽を作ることが接続されていた。一体化していた。意味を獲得することや、音楽について考えることが生活の大半を占めていて、それが現実で、それを曲にすればよかった。今は、、、う~ん。別に特別嫌悪感があるとかではない。授業めんどくさいなとか、部活めんどくさいなとか、バイトめんどくさいなとか、その延長線上にある感情だと思う。

きっかけとかは覚えてないが、ある時期からThreadsというSNSで無意味な言葉の羅列・フレーズを投稿するようになった(日中があまりに、目的・手段の連鎖に覆われている反動かもしれない)。多くの人にとっては普通のことだと思うが、自分はこれまで基本的にある程度情報のある投稿(良かった曲についてのつぶやきなど)しかしてこなかったため、これが新鮮で面白かった。大げさかもしれないが、目の前のこと以外の、もっと感覚的で質感だけのものを表現する方法を覚えていった(別にこれまでの歌詞にもそういう要素は含まれていたと思うけど、明らかに自覚的になった)。

そこから少しずつ調子が上がっていった。目の前のもの以外を表現できること。言葉の上では自由であること。想像の中では自由であること。DAWを通しては自由であることを改めて理解した。

想像の歩道橋からは どこまでもきらめいた視界が ちぎれたこれからが 楽しげに飛び回って見えた

🏃‍♂️

自分はやっぱり、自分のような人のために音楽を作っていると思う。大体の人は雇われることになる。大体の人は、自分にとって一番充実感を覚えることや、楽しいことや、譲れないものとは別のことでお金を稼ぐことになる。その中で、いい感じにやっていくことになる(それはそれとして、これに当てはまらない人にも聴いてほしいと思う。目の前のものがどういうものであれ、言葉や想像やDAWの中で俺たちが自由であるということに代わりはない)。

とにかく、聴いてくれた人がこれからをいい感じにやっていく一助になったらとてもうれしい。

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